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2009年2月15日 (日)

私服の至福( from シャム&晴音)

「どさくさにまぎれてあたしのおしり触ってない?」
「そ、そんなことするか!」
「なーんか信用できないんだよね、魔法遣い《クロック・ブラウザ》って」

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ちょいと一眠りと思って、具体的に言うとあまりにクシャミが止まらないんでふて寝ぶっこいてたらね、つけっ放しになってたテレビでアニメが始まったご様子。

何となく夢うつつでそのままにしてたら段々内容が明らかになってきまして――

『バーディー』か!」

したらそのうち――

「ジェイ?」(※今回『ヒートガイジェイ』ジェイ役の声優さんが出演してた様子)

結果そのまま最後まで見終わって――

なんかえらいテンション上がったまんま目が覚めてました。

ズルいや赤根和樹。

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2009年2月13日 (金)

欠愛の掛合 from (牧村紫煙《まきむらしえん》&柿崎行人《かきざきゆきと》)

「いずれにせよ――アタシから美少女を獲ったなぁ大罪だ!」
「私怨じゃないか!」
「いいじゃないか、アタシん名前だ」
「『紫煙』かぁ」

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デュマ。

デュワ!←ウルトラマン。

まぁそんなスペシウム野郎とはさして関係がないのですが、「三銃士」やら「モンテ・クリスト伯」やら書いたフランスの小説家、アレクサンドル・デュマ・ペールのお話。

このおっさん(例えそこに尊敬があっても軽く距離をとりつつひとジャブくれてやるのがモキチさんの美徳だと信じています)、新聞連載の形で書いた小説が大当たり、豪邸建てて毎晩飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げたらしいです。

「三銃士」や他の作品は読んだことが無いので何とも評価が難しいのですが、「モンテ・クリスト伯」は間違いなく「名作」と読んでよい作品だと思います。

さて、以上からどんな答えを導き出すか。

とりあえず目下頭中にモヤモヤと湧き出る疑問「果たして『スペシウム』とは何であるか?」に関してはすっぱり忘れてください。wikipediaによると「火星には存在するが地球上には存在しない架空の物質」だそうですが「そうなんだ」と思った途端に即行で忘れてください。

さてここからどんな答えを導き出すか。

「デュマは偉大な小説家だ」

はい正解。

画面の向こうから「ええ? 天邪鬼モキチさんがいともあっさり!?」って驚愕が透けてくるようですが、まだまだ天邪鬼の本質を理解しておりませんな。

そりゃ正解ですよ。

ただ、甘い。

このおっさんの偉いところは「新聞小説を連載」したってとこであり、さらに言えば「新聞各社は当時、購読層拡大のため新聞小説の掲載をはじめていた」って背景を見抜いていたってとこです。

言ってみれば最先端メディアに目をつけていて、どこに「受け手」がいるかを知っていたってことですよね。もちろん実力はあったはずですが。

だから、もしこの偉大な小説家から何か学ぼうとするなら、そりゃ作品の作り方から学ぶことも多いですけど、さらに「時代に即したメディアとして小説、特に新聞小説を選び取ったっていう観察眼」で良いのでは。と、そう思いますね。

インターネット、ブログ、SNSの普及で文章書きスキルの特権なんてとっくに特権ではなくなっているにもかかわらず現行の文章書きや文章書き志望者はどうも未だ文章を書くことを神聖視しちゃいないかい、とそんなこと思うわけです。とは言えこちらも志望者の一人なわけですが。

ただ、ぼくは別段「小説」の信望者ではなくあくまで「物語」の信望者であるので、自分の物語りたいことにふさわしいメディアがあるならさっさとそちらに乗り換えるだけですけれども。
いずれにしろ、少なくとも金を払って文章を買う経済活動事態は縮小傾向にある訳ですから、小説にこだわるのであれば、じゃあどうすれば小説を読ませることが出来るのかを考えるべきでしょうし、そうじゃないなら、自分の抱えている物語を物語るためにはさてどうしたら良いのだろう、と考えることが大事かなぁなんて思いますが。

せっかくのこんな時代、何か新しいもので面白いものが作れればそれが一番だもんなぁ。

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モーフィアスの教室①
三上延/電撃文庫


 


『ダーク・バイオレッツ』シリーズに関しては以前ここでも紹介をしましたが、同じ作家の作品です。なんなんでしょうね、この人の作品って、どこがどうって訳じゃないんですけど登場人物たちの温度が大変ぼく好みなんですかねぇ。

『ダーク・バイオレッツ』でも感じたホラーの手腕はまだ1巻なのでそれほどですが圧倒的に不利な立場の主人公達とその主人公格達の距離感を丁寧に描いている感じですね。特に主人公格の少年とヒロイン格の2人の少女間にあるまだ形のない感情の表現の仕方が、モヤモヤした感じでどうにも不器用で好きです。
後はこの1巻終了時点で主人公格がヒロイン格1名に立てた宣言は大変ぼく好み。「物語の目的の達成=2人の別れ」という大変皮肉な構造。しかも主人公格がまだそれに自覚的ではないということでこの後の葛藤に期待十分です。

すでに4巻出て完結してるようですのでさっさと読んでしまおう。

余談ですが椎名優のイラストも大変ぼく好み。

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2009年2月10日 (火)

差述の詐術( from 創菜&刻)

「わかってないなぁ。変化は進化。変わってくから人間美しいんだよ?」
「変わらざるを得ない奴らの言い訳だろ?」
「あったまいいね。少しはだまされなよ」
「誰のせいだよ」
「でもね、一緒に変わってくんなら、そんなに悪くない――らしいよ?」
「頼りないことこの上ないな」
「ふふん。まだまだお子さまだね。キミも――アタシも」

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教育テレビから『できるかな』が姿を消せばノッポさん死亡説が流れ。

同じく『たんけんぼくのまち』を見なくなるとチョーさん死亡説が流れ。

超人気の『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』終了に伴い志村けん死亡説が流れる。

要するに人は記憶されつづけていないとあっさり死亡扱いをされるってことで、『生きている』ってことは誰かに『認識されている』ってことに他ならないのですね!
ああ素晴らしきかな相互扶助。

というわけで皆さまの記憶の片隅に居座ることを今決めたから弱気なままのまなざしで夜が明けるまで見つめているよ同じ涙がキラリ☆俺が天使だったなら雲が邪魔したって怯まないぜ吹き飛ばしてみせるなわけですけれども。どうも、草野マサムネフューチャリング山中さわおです。なに言ってますかぼく。

「活字中毒」なんて言うといかにも読書量を鼻にかけているようなところがあって、「書痴」だとまぁ最終的に読書バカっぽい響きは出るんですが、今一つ一般的ではなくて、「ビブリオマニア」なんてっといっそ文化の匂いすらしてくるので、せいぜいちょっと本と距離が近めですよ程度のぼくは「ピクロスマニア」とでも自称しとくわけですが。日々四角形を白と黒に塗り分けますが基本的に本は読みません。後、ピクロスのルールがいまだによくわかりません。

さて、そんなぼくとすると本屋さんでの新刊チェックは生活の一部分にほぼ近かったりするのですが、行きつけの本屋が1件2月で閉店のご様子。

むぅ。ライトノベルの品揃えが良かったのは近隣でここだけだったので無くなるといささか不便なのですが。ただまぁ「辞めないでー!」ってコンサート会場でペンライト振ったところで「ありがとう! ファンのみんな! ありがとう! 今日からわたし普通の貸しビルに戻ります! ってかテナント募集中です!」って言われるだけだと思いますし「やーめーなーいーでー! 今日からいい子になるからー! にんじんもピーマンも食べーるー!」って叫んだところで「まぁいいんじゃないの。緑黄色野菜は体にいいし」って言われるだけだと思うんで閉店に関してはしゃあないと思うんですが。

Amazon.comに注文出したら翌日に高速で、光速の帝国歌劇団で、Amazon.comロゴ入りの光武がノックでドアを叩き壊す始末なので(絶好調ですねモキチさん)そりゃあ町の本屋さんは餓死しまさぁね。

ただ、最近「決め打ち」以外で物を買う人が少なくなりつつあるって傾向があって、そうすると町の本屋や本屋に限らず店舗を構えて商売しているお店が減っていくとますますその傾向には拍車かかるよなぁと思って残念ですが。

ぼくなんかはCDのジャケ買い(これも音楽ダウンロードサービスの普及で減っていくはずです)や本屋での「いい匂い買い」が好きな質です。プラプラと歩きまわって気になったものを拾い上げることが出来ますので。こうすると全く自分の意識外にあったものに出会うことができたり思わぬ掘り出し物に出会えたりするんで侮れないんですよね。そりゃあ当然「スカ」掴むこともありますがそいつを含めての消費行為だと思いますし、そこから生まれてくる自分の価値観って、けっこー愛すべきものじゃないかと思います。
情報氾濫の世の中なので徹底的に下調べして自分の欲しいものだけってのでもいいんですけど、何だか視線を固定されているみたいでちょいと息苦しいような気がするんですよね。

とは言え、だから別に店舗構えろって言ってるわけじゃなくて、web上でも匂い買いやジャケ買いに相当するような、店ん中2時間ほどブラブラして結果1冊見つけてみたみたな行為に類似するシステムが上がってくれば、それが一番楽しいなぁと思ってみる。

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